ニコチンパッチという貼り薬がありまして。禁煙補助剤で、僕が使っているのは1日24時間をかけて、およそニコチン20mgをじんわりと体内に吸収させるという、毒なのか薬なのかよくわからないもんなんですが、禁煙の効果はありますね。もう2週間、なんとか吸わずに過ごしています。
しかし注意すべきポイントとして、就寝中もずっと貼りっぱなしでいると、人によっては眠れなかったり悪夢を見たりする、ということで、いや実際見ましたよ。
夜中1時に仕事をしていて、資料類を広げて原稿を書くようなシチュエーションで、自分のデスクが狭いので会議室に移動してバーッと資料を並べ、ミネラルウォーターを汲んできて、エアコンを適温にセットして、さぁ始めようと鉛筆を持った瞬間、会議室をノックする音。開けるとヘラヘラと、業界ズレした腑抜けた笑顔で若い後輩社員が、夜中1時だというのに、「すいませ〜ん、この会議室、押さえてるんで〜(笑)」と言うわけよ。え!この時間から打ち合わせするんかよ!と心の中ではプチ切れしつつも「あ、いま出ますんでっ」と低姿勢で荷物をまとめたところで目が覚めた朝の5時。ストレスがニコチンを呼ぶのではなく、ニコチンがストレスを生んでいるのかもしれないですね、意外に。
先日会社の健康診断で再検査の憂き目にもあったことだし、この際だから人間ドックいくか!と、渋谷のドック専門の病院に行ってきました。
渡英するとしばらく病院にも気軽にいけなくなりそうだし、正直健康的な生活をしているとはとても言えたもんじゃない激働の日々だし、もしかしたら万が一、このまま即入院というケースもありうるななどと笑顔も強張りながら病院の門をくぐったわけですよ。デフォルトがっくりダウナーでダルな心でエレベータに乗り込むわけですよ。上昇するエレベータに、反比例して下降していくテンションなわけですよ。
しかし、我々の目の前に現れたのは、ものすごい人数の美人美人美人。というかちょっとピッタリ目のピンク色のワンピースに身を包み、みな一様に癒しの微笑をたたえた、「エスコート」と呼ばれる妙齢の女性スタッフたちがどわっと十数人!受診者一人に一人づつ担当のエスコートの女性がついてくれて、院内はさながら2001年宇宙の旅の宇宙ステーションのロビーのようですよ。エスコートにつれられた受診者のおっさんが二人一組で右往左往、心なしか重力が軽くなったようにふわふわ一緒に歩いているわけですよ。
まぁ自分もその中のひとりなんですけど。
「○○さま、次は胃の検査になりますね。こちらのソファでお待ちください。」と真摯な微笑みでギュッと目を見てエスコートの彼女が言うわけですね、ふわふわもするわけですよ。
雑誌をパラパラ読みながら待っていると、しばらくして担当のエスコートの彼女が呼びに来たんですね。そこで驚くべきことに!なんとぼくが座っているソファの目の前の床にひざまずいて、ひざまずいて!こんどはやや上目遣いで語りかけてくるわけです。「○○さま、ではあちらの診察室からお呼びいたしますので、終わりましたらまたこちらでおかけになっていてくださいね。」なんて感じで、もう否が応でもテンションが垂直上昇ですよ。病気が発覚するかもしれないという、もやっとした不安が、もやもやとした妄想に昇華ですよ。真っ白なCTスキャンの機械に飲み込まれながら美しき青きドナウですよもう。
半日のドックの最後に診断書をもらうころには、そう。来年も必ず来ます、と目を見て笑顔の決意表明です。
こないだ外国人と話していて、「わびさび」の意味を訊かれたので、適当に答えたんです。書道を知ってるか?あの書道は余白にこそ意味があるのだ、それこそがわびさびである、と。で、話していてそういえば、とさらに適当に思い出したので追加したのが、盆栽と借景の話。盆栽というのはあの小さな鉢の上に、大きな自然を表現しようとしたミニチュアであり、借景というのはとくに室内から柱と天井に囲まれた四角いフレームの中に、自分ちの庭だけじゃなく、その向こう側にある自然の山とか風景を取り込んで、小さなものに巨大なものを包含しようとする試みだとかなんとか。自分ではかなりその場ででっち上げた論なんですけども、意外と真実がありそうな気がしてきました。我々日本人の中に自然と存在する感覚、すなわちある「フレーム」の中に無限を表現しようとする感覚、それこそが書道における余白の取り方であり、バランスを重んじる日本文化の根底にある物のような気がします。日本人の考え方や行動様式にもどこか通じてるかも。まず枠から考えてしまう、とかね。
ちょっとこの件については引き続き考察するつもり。